『トランスポーター イグニション』新フランク・マーティン「エド・スクライン」ジェイムスとは違いすぎる彼に注目。

『トランスポーター イグニション』新フランク・マーティン「エド・スクライン」ジェイムスとは違いすぎる彼に注目。

トランスポーター イグニション(2015年フランス) 監督:カミーユ・ドゥラマーレ キャスト: フランク・マーティン – エド・スクライン フランク・シニア – レイ・スティーヴンソン アンナ – ローン・シャバノル ジーナ – ガブリエラ・ライト マリア – タティアナ・パイコヴィッチ キャオ – ウェンシア・ユー アルカディ・カラゾフ – ラシャ・ブコヴィッチ

トランスポーターの ” リブート ” 作品「トランスポーター イグニション」 金髪美女アンナから仕事の依頼をうけたフランクは時間どおりにその場所へ到着。そこへ現れたのは3人の金髪美女、女達はフランクの車にいきなり乗りこんできた。契約とは違うとフランクは「契約解除」だと彼女らに言うが、この三人の女にはフランクを脅迫する材料をもっていた。それはフランクの父親を既に拘束しており、猛毒により後、数時間しか生きられない状況下にあった。フランクは父親を救出するためにやむなく女達の命令に従い依頼を決行するが…

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アクショ映画なら、もっと物語を熱くしてくれ。

この映画の主体が、人質になっている「エドの父親を救出する」というものなら、そこには、アイリをはじめ、あらゆる立ちはだかってくる悪の存在がなければ、意味がない、あらゆる困難の乗り越えてこそ、そこに父親を助けたときに、その「救出劇」が生きてくるはず。とは言っても確かにフランクに立ちはだかる悪党達は存在しているが、この映画内ではそれらの存在は、この映画をグッと面白くしている材料にはなっていません。 つまり中途半端。 次々と向かってくる敵を捻じ伏せ、倒し、時には射殺し、そうった強靭な部分をあってこそフランク・マーティンの存在が生きてくるはず。 しかし、この映画ではこの一番のポイントには、あまり重点が置かれていないような気がします。そもそも脚本全体が薄っぺらいのだから、需要ポイントが薄くては映画が面白くなるわけはないのです。

いまいち役不足なエド・スクライン。男はオーラがなければ「トランポーター」の主役など演じることはできない。

本作からフランク・マーティンの役を、エド・スクラインが演じることになりました。しかし彼には、ジェイソン・ステイサムのような、内面から滲み出てくる男臭さもなく、「運び屋」という裏稼業を今まで行ってきたという「運び屋人生」の痕跡のようなものも・・そして哀愁も・・ 残念ながらこのエド・スクラインの背中からは感じることもない。
地下経済の世界で生きている特殊な男のようなオーラもまったく感じない。簡単に言ってしまえば、エド・スクラインの風貌と雰囲気は、その辺を歩いている兄ちゃんとなんら変わりはない。どこからどうみても裏稼業の「運び屋」というよりは、むしろ「エリート銀行員」に見えてしょうがない。銀行員にヤバい「運び屋」は無理だ。

つまり、筆者が悪い予感がしながら鑑賞したこの「トランスポーターイグニション」は、相当な時間の無駄のような映画です。これを見て面白いと思う方がいるのが不思議なくらいの映画です。 そのあまりに存在感のない ” 薄ぺっらいキャラクター ” は、映画がはじまり、数分で拒絶間を覚えるほどです。 このシリーズ「トランスポーター」は、完全に裏稼業であり、並大抵の人間では熟すことができない超難関な稼業であるはずです。それをこのケツの青そうなこの兄ちゃん(エド)は、完全にフランク・マーティンに成りきっています。成りきれるのなら、もちろんそれでいいが、この映画での彼(エド)の成りきりは、完全に自己陶酔で終わっています。 悪く言えば、それは単なるナルシストにしか見えません。 酷い言い方かもしれないが、筆者の目には、どこからどうみても、或いは敢えて百歩譲った観点から見ても、エド・スクラインは、お世辞にもこの役柄にあっているとは思えません。それはほど遠いです。
この映画、主役が最悪であることに付け加えて。脚本も最悪です。この映画は前作から遡るこのシリーズの見どころである「カーアクション」をただコピーしているだけの作品に過ぎません。 確かに今までの「トランスポーター」は、カーアクションも素晴らしく・見応えがあり、面白かったが、それは作りこまれた綿密で魅力的なストーリーが、背後にあったからのこそです。 だからといって、その部分を単純にコピーしただけでは映画が面白くなるわけがありません。それはただ単に海賊品と同じことです。

彼(エド・スクライン)が、今までジェイソン。ステイサムが演じてきた「フランク・マーティン」という大役を授かったのなら、この映画の「フランク・マーティン」に新しい ” 自分らしさと旋風 “ を巻き起こさなければ意味があるまい。 なぜなら彼はなんだかんだ言っても、ジョイソンとは別の人間なのだから… 映画ファンは必ずしもジェイソン・ステイサムと、全く同じようなものを求めているわけでもないし、簡単に言えば ” 面白ければそれでいいのである “

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エド・スクラインの、まるでチャンバラをやっているような格闘シーンは、減点を与えるしかありません。

あなたは「カーアクションシーン」は、中々面白かったなどと思うでしょうか?  自分はまったくそうは思いません。カーアクションというのは演技ではありません。それは映画の撮影技術から成るものです。 だからこの映画のカーアクションシーンに限っては、当然ながら今までと同等レベルのカーアクションが繰り広げられます。だからあなたは映画自体はそうでもなかったが、アクションシーンは良かったと感じるのでしょう。 しかし格闘シーンは違います、役者の演技が伴います。 エド。スクラインの格闘シーンは、実際は強くはないが、所詮映画で演技だからこんなに強いんだということを露骨なまでに感じさせる格闘アクションです。 もちろん、映画だから.. という点はジョイソン・ステイサムの格闘シーンでも同じ理屈が成り立ちます。 しかし、ジェイソンの場合は、それが分かっていても ” 強く見えてしまう ” ということです。ジョイソンの相手と戦っているときの、その身のこなしは「この人は本当にこのくらい強いのでは?」と錯覚を覚えてしまうこともあります。 確かにそれは大冝座かもしれないが、それくらいの説得力がなければこのようなアクション映画は見応えあるものにはならないと思います。 映画ではアンナという金髪の美女に仕事を依頼されたが、実はそれには裏があり、エドの父親が拘束され、毒殺されるまでには、後僅かな時間しかないという状況だったが、エドは父親を助けるために、やむなく依頼され仕事を続行していくが・・ この映画のストーリーの中心的要素とも言える、父親の救出劇だが、この映画ではエドが父親の命を救うまでの過程が、克明には描かれていない、だから物語を更に薄っぺらくしてしまっている。主演のエドが演じる「フランク」も薄っぺらいが、結局はストーリーも薄っぺらい。盛り上がりもなければ、盛り下がりもない…敢えて言うのなら「盛り下がりっぱなし」のこの「トランスポーターイグニション」は本当に見るに耐えない映画です。

トランスポーター イグニション

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