ドゥームズデイ アンレイテッド・ヴァージョン|ウィルスで汚染された世界を救う女戦士が繰り広げるバイオレンスアクション。

ドゥームズデイ アンレイテッド・ヴァージョン|ウィルスで汚染された世界を救う女戦士が繰り広げるバイオレンスアクション。

ニール・マーシャル監督ということで大いに期待して見た
『ドゥームズデイ アンレイテッド・ヴァージョン

私はこの映画の監督が「ニール・マーシャル」ということで大変期待してこの映画を見ました。
そしてこの映画には「ドッグソルジャー」や「ディセント」に出演している俳優・女優の顔ぶれが多く見られます。

映画がはじまり約10分間くらい経過したとき、そのときの演出効果は私の心に大いにグサリときました。このグサリとは、あくまでもいい意味での「グサリ」です。 彼は効果的な演出効果がやはりとても上手です。 私はこのドゥームズデイを鑑賞しはじめた瞬間「やはり、想ったとおりニール・マーシャルはやってくれるな」… そう密かに確信しました。 余談ですが、筆者は映画にのはじまり、それは冒頭の10分くらいで、その映画が自分にとって面白い映画なのか、そうではないのか….それが不思議と判断できるんです。 映画を最後まで観ないで先走ったような、こんなことを言うのもなんですが、実際最初の約10分くらいで面白いと感じた映画は大体面白いです。 逆に冒頭約10分でつまらなそうと感じたら、それもやはり最後まで観ても、つまらない場合がほとんどです。

だから、筆者はこの映画を絶対に面白い。自分が見る価値のある映画だ。そう感じながら最後まで鑑賞したわけです。

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どこか足りない映画『ドゥームデイズ』

筆者はこの映画を作ったニール・マーシャルは、とても好きな監督のひとりです。彼は「ドッグソルジャー」というなかなかの秀作でデビューし、そして次に「ディセント」というホラー映画としては超最高傑作映画を作りあげた監督だと思っています。 筆者がこの映画「ドゥームズデイ」を見ようと思ったきっかけもすべてがそこであり、映画の内容やコンセプトはあまり関係ありません。

ウィルスがある地域に蔓延し、それを制御するためにひとりの女戦士が選ばれた、それは良し。
そして、その決して美人ではないが、気の強そうな面構えの女戦士エデンシンクレアが勇ましくウィルスに感染し、狂ったような暴挙の行動に出ているゾンビ達を退治し撃破していくのも、それも良し。

しかし、この映画のストーリーのプロセスが進んでいくなかで、自分は大きな失望感を感じぜずにはいられませんでした。 それはただ単に、政府から指揮された逞しい女戦士とゾンビ、また他の関連する狂ったような集団グループ、女戦士であるエデンは彼らの軍団とただ戦っているだけです。

それときには相手の狂った軍団に捕えれたり、追いつめられたりと、そんなシーンは一部にはありますが、この映画は簡単に表現すると、非常に単純な戦闘アクションのみで構成されている映画です。
そこには主演であるエデンの人間像や女戦士と言えども、その裏で微かに見え隠れする本来の人間らしい姿などはどこにも出てきません。 戦闘アクションが映画初盤から延々と続くこの映画は、そんな人間味さえも見え隠れしないので、まるで人造人間同士が戦っているように見えます。

これは明らかにニール・マーシャルはアクションエンターエメントという部分に注力を置き過ぎたという現れだと思います。現にこの映画でのぞれぞれのアクションシーンは、格闘にしても、車が大破したり、ボーガンやショットガンを多用に使用しながらの「カーアクション」にしても、その分部だけみれば、それはそれはそこそこよく出来ていると思います。

しかし、これらにしても単純な人造人間同士の激しい戦いは、筆者にとっては退屈以外の何者でもありません。 バスに猛スピードで突っ込んでバスを豪快に大破させてすり抜けるシーンだけ見て何かを感じるでしょうか? ハイレベルなドライビングテクニックで敵の車をクラッシュさせるシーンだけを見て、これもまた何かを感じるでしょうか?

ウィルスに汚染されてしまっているから、何とかこの悲惨な状況から回避し、避難しなければならない、それであるならば、ただゾンビ連中を倒すだけでなく、そこにはもうひとつのストーリーが存在しなければ、映画は絶対に見応えあるものにはなりません。 そのもうひとつのストーリーは当然私自身が考えるものではありません。映画製作者側が考えるものです。

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壮絶な戦いはいいが、映画の深みが抜けてしまっている。

この映画は明らかに二ール・マーシャルは「アクション」に力を入れ過ぎて、他の部分を忘れてしまっています。しかし彼が忘れたものは映画の価値を大きく左右する重要なポイントです。

この映画の中に、どこか裏の部分があったでしょうか? それは何かの因果関係でもいい、人間同士の柵であってもいいです。筆者はそれが欲しかったです。

彼が思い切り注力・エネルギーを注ぎ完成させた「カーチェイスアクションシーン」は、まるでマッドマックスを思わせるくらいの仕上がりになっています。
しかし、もはやその完成度の高いカーアクションシーンも、どこか虚しく見えてきます。

大事なこととをそっちのけにして作られてしまったこの映画は、本当に頑張る部分を見失ってしまった映画とも言えます。

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